富士通・東芝の携帯電話端末事業統合に思う

http://mainichi.jp/select/biz/news/20100612ddm008020100000c.html

既に諸報道で記事になっているように、富士通東芝の携帯電話端末事業の統合が発表された。Appleの躍進、じわじわと入り始めたLG・Samsung・HTC等の海外メーカーの侵入を尻目に、NECカシオ日立の統合、京セラによる三洋携帯電話事業買収等により、じわじわと日系携帯電話端末メーカーの数は減り、残った勢力の地位はますますじりじり低下している。

筆者は、みずほコーポレート銀行産業調査部に所属した2004年6月に執筆した「再構築が求められる日系端末メーカーのビジネスモデル」(Mizuho Industry Focus vol.27)において、「総合電機メーカーの一部門としての甘え」と「キャリアからの受託開発モデル」からの脱却を図るべく、日系端末メーカーの統合(内外)を訴えたが、それから費やされた6年を思うと、空虚な思いを禁じえない。
改めて皆様にご紹介しようと産業情報 | みずほ銀行を検索したのだが、6年前のレポートは既にリンクが外されていたことも、その思いを増幅させる。


思えば論点は当時と何も変わっていないが、あのときの汎用OSはSymbianLinuxであった。スマートフォン時代を迎えた今、OSの主戦場はAndroidiOSであろうが、日本のメーカーがようやくSymbianLinuxどちらかに統一された段階で、Android対応さえはっきり見えないと言うのがまた悲しい。


確かに製造価格が高すぎる。機能も多い割に先進性が感じられにくい。クラウド、ソーシャル、リッチメディア、いずれの進化に対して劣勢である。
とは言え、本当に「ガラパゴス」日系端末メーカーの生き残る道はないのだろうか。
依然、「手のひらに乗るケータイ」としての操作性、使い勝手、堅牢性は依然、辛うじてであるが他国の製品に負けていない気がする。例えばFelicaの使いやすさや文字入力のスムーズさはiPhoneにはない魅力だと思う。
これからiPadに代表される、大画面のコンピューティング端末が台頭してくると思う。その際に、それを日系端末メーカーが追うのではなく、そのアンチテーゼ、もしくはそれを補完する存在として、「手のひらに乗るケータイ」のポータブルな利便性を追求するところに、かすかな活路はないだろうか。

全てを失いつつある日系端末メーカーの、「背水の陣」の反攻に期待したい。